ワンナイト
幾万回の朝を、私はこの目で歩いてきた。
それはそれはいろいろあって、あなたに正確に伝えるすべを、
私はもたない。
覚えているだろ。
犬の遠吠えがその悲しみをあらわすとき、私たちはベッドではしゃいでいたね。
気の遠くなるような夜空を見上げたあの日、星空に刻々と朝はやってきた。
朝はいつでも静かに二人に訪れ、コーヒーを沸かすリズムは体を躍動へと変化させるのだが、私たちはそこからが眠りの時間だ。
人生の週末が近づくと、朝が恋しいという。何故だか知らぬが、人は生まれ変わると信じているのだろう。
たった一回の朝。人は一度消える。輪廻もあるらしいが、誰もそれを確認したものはいない。
夜明けのさわやかさは、きっと人の旅立ちにふさわしいからと、大昔から決まっていたのだな。
生まれて幾万回の朝を、私はこの目で歩いてきた。
夜を疾走した若者も、やがて朝を迎えることを知るべきだ。
一夜限りの生きた証を、やがて訪れる夜明けの気配で図ってみるのもいいだろう。
蝉より短い命。宇宙の波動に逆らえない法則。
そして人は振り返る。
私は私は、と涙を流す。
流浪でも思索でもいい。平凡も好ましい。
そんな一夜は、私の走り抜けた、語り尽くせないほどの想いを、静かに見守っていてくれるのだ。